京都三弘法まいり

法話Houwa

2026年02月09日

京都三弘法 法話 《お四国遍路》

お大師様は、四国の讃岐国の現在の四国八十ハヵ所75番札所善通寺でお生まれになられました。71番弥谷寺で勉学に励まれ、七歳の時には73番出釈迦寺の我拝師山に登られ「仏門に入って多くの人々を救いたい。この願いが叶うなら釈迦如来よ顕れ給へ。若し叶わぬならこの身を仏に供養する。」と申され捨身されました。すると釈迦如来が顕現され、お大師様を抱き留められた話が伝わっております。

その後、都の大学に入学され優秀な成績を修められるも、大学を辞められて紀伊半島や四国の山海で御修行なされました。
21番太龍寺の太竜嶽や24番最御崎寺の室戸岬では虚空蔵求聞持法の厳しい行をなされ、お覚りを得られました。

お大師様42歳の厄年の時に、四国の御修行なされた所を中心に四国八十ハヵ所霊場が開創されました。お大師様が高野山で御入定後、お大師様を慕う僧侶や修験者がお大師様の霊蹟を巡り、また厳しい修行の霊場として巡拝が行われはじめました。こうしてお四国遍路が始まりました。

当時、辺境の海岸を「辺地」(へじ)と呼び、紀伊半島や四国の海岸を巡る修行を「辺路行」(へじぎょう)と言い、「遍路」(へんろ)の語源となり、やがて四国霊場を巡拝する事を「お遍路する」と言い、巡拝者を「お遍路さん」と呼び慣わす様になりました。

お遍路で最も大切な教えは「同行ニ人」という御教えで、巡拝中は常にお大師様と御一緒だと信じ、どんなに苦しい時も有難い時も、お大師様と伴に乗り越えてゆきます。

また、四国には「お接待」の習慣があります。これは四国の土地の人々がお遍路さんに、飲食物や様々な品や宿等を無償で提供する習慣で、四国の人々にとってお遍路さんには同行ニ人の教えでお大師様がついておられるので、お遍路さんにお接待する事はお大師様にお供えする事になります。このお陰でどんなに貧しいお遍路さんでも巡拝が可能となりました。

最初のお遍路さんである衛門三郎は、子供を亡くしてお大師様を追い掛けて四国を何度も回り、最期に12番焼山寺中腹でお大師様に出会い救われ、願いを叶えて頂きました。(その願いを叶えて頂いた縁のお寺が51番石手寺です)
この様な事で、お四国遍路は一般の人々へも巡拝が広がって、昔から不治の病の人が治ったとか、歩けない人が歩ける様になったとか、目の見えない人が見える様になったとか、親しい人の死の悲しみが癒えたとか、自分がとても成長出来たとか、人生の本当の大切な事に気づかされたとか、実に多くの人々を救ってきました。

そして、お四国遍路は円を描く霊場(世界的にも大変珍しい霊場で最近は海外からも大変注目を集めています)で、一度だけで無く、何度もお遍路する事によってお大師様との御縁が深まり、大きな功徳を積み、本当の豊かで幸福な人生が送れます。
お遍路は基本修行で、大変な面もありますが、全寺巡拝して結願の暁には大きな達成感と喜びを得られます。皆さんも是非お四国遍路にお出掛け下さい。勿論、出発前には三弘法詣りもお忘れ無く❗️
結願後にはお礼参りを‼️

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